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2023年11月03日

新宮鉄道 袖摺トンネル 御手洗トンネル 稲荷山トンネル

2006年4月 新宮にて雨の気分の悪い朝を迎える。
かなりの早朝だったと思う。記憶には無いけど、おそらく
ウミガメの道の駅で車中泊したはずだ。
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雨のR42を南下していたら、こんなのを発見した。
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これは新宮鉄道跡か? 調べる術が無いのは2006年だから
ではない。昔も今も飛び道具を持っていない、ということに変わり
がないな。
調べるために本屋が開く時間に行ってみることにした。
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向こう側が見えてる。でも行くのはパスした。
なんでだ?わからん。
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振り返るとR42
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まだ塗装がハゲちょろける前のPZJを前に。
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当時、オークワにスーパーセンターが有るなんて知らなくて、
さっすが発祥の県だ、なんて記念撮影した。
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本屋が開くまで新宮駅をうろうろ。
みんな出勤の時間になって人通りが多くなってきた。
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やはり新宮鉄道なのだった。そんなことも調べてなかったのかよ
という感じ。
ついでに御手洗、稲荷山のトンネルにも行くことにした。
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熊野古道高野坂を下り、 海辺の線路へ出る。
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新宮鉄道の橋は遊歩道になっているようす。
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こんなに海の傍を鉄道が走っているなんて、
というか、今も現役でJRが通っている。
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現役の線路に入らずして近づくことができる。
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雨で一層不気味感が増しておる、御手洗の北側口。
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トンネルの向こうは・・なんとなく光は見えてるか。
でもはっきりせんな。
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どこまで行っても向こうがはっきりしない。
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ここで有ってはならぬことが発生!!
振り返ったら、入口付近に人影が歩いてくるのが見えた。

暗闇で衝突は避けたい。
お互い懐中電灯など気の利いた物は持っていない。

どうする?

闇夜から声をかけた。

腰を抜かさんばかりの驚きの様子はうかがえたが、
その表情は見えない。
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私「おはようございます  この先 抜けれますか?」
 わかりきったことを聞いてみる

S居のオヤジ(誰?)のような声のおっさん
 「あ、あぁ、抜けれるよ」

私「釣りですか?」

S居声オヤジ「あぁ 磯へ出よう 思うてなぁ」

その後 二言三言。 結局 お互いの顔は見えぬまま。
そのままお別れ。

「こんなとこで人に遭ったん初めてや
 あぁ気持ち悪っ   おぉ気持ち悪っ 」
って言ってるのが聞こえた。。。あはは
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御手洗 南側はこのような状態だった。
トンネルの途中で崩れている。と言ってもほぼ出口付近では
ある。
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這い上がってきた。
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さらに進むと南側の口になる。
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なんだかわけわからんだろうけど、南側の坑口の裏側だ。
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キョーレツなブッシュで引きの遠景は撮れずだが、
これが御手洗の南側になる。
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引きの撮影は無理。
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さらに進む。
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稲荷山 北側。
こちらもなかなかの気味悪さ。
でも難易度はそれほどでもか。
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入っての振り返り。
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南側は明るく見えている。
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稲荷山 南側。 こちらも負けずにモーレツなブッシュか。
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崩壊が進んでいる。今はどうなっていることか。
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こちらも遠景撮影は無理。
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もと来たルートを戻る。
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御手洗まで来た。
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国道に復帰。
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posted by Shimneti at 11:35| Comment(0) | 鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月03日

紀州鉱山 板屋九郎兵衛の墓〜お菊の墓

新型コロナの侵攻進むさ中の2020年4月に、紀州鉱山の周辺
探索に出かけた。
板屋九郎兵衛の墓〜大畔の坑道〜お菊の墓 あたりをうろついた。

まずは板屋九郎兵衛から。
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説明の看板が有る。この看板を見ても、また、その他
で見る逸話を見ても、どうしても、この九郎兵衛、同情
できないな、と思ってしまうのだが、まぁとにかく、お参り
をしておいた。


看板の全文
板屋九郎兵衛
 板屋九郎兵衛は、本名玉置九郎兵衛と言い板屋村に
生まれ、今から三三〇年前に実在した人物です。
 九郎兵衛は板屋の庄屋を務めており、親分肌の男で
義理人情にも厚く、地域では大変人望があり、当時、
度々発生した山や採草地の境界争いに仲介の労をとって
事を納めたそうです。
 この九郎兵衛が『お菊』という絶世の美女を嫁に迎え
幾年か楽しい毎日を過ごしたわけですが、九郎兵衛の
勘違いで妻を殺してしまったことから、入定(生きたまま
墓穴にはいること)の決心をして村人に見送られ塚穴に
入ったとして伝えられています。
 九郎兵衛のお墓は現在もここにあり、このお墓にさわる
と、一度は必ず願い事が叶うとつたあえられており、今も
板屋の人達の手で守られています。
 九郎兵衛のお墓は市の文化財の史跡に指定されて
います。
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これらの説明看板を、引きて撮ったところ。
この左の小山に眠っている。
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もっと引きの写真。
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階段を数十段登れば到着。
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玉置九郎兵衛 と書かれていた。
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さらにこの先に登ってみると、
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私有地だったから退散。
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大畔ひのある鉱物の層の周辺を見ながら、お菊の墓にも
立ち寄った。
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水処理設備の前に到着。
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振り返ると、渡ってきた橋が見える。
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迷惑駐車をかましているように見えるが、実際は誰の
迷惑にもなっていない。
ちょっと歩いて散策。
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橋の袂まで降りてきた。
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頑丈そうな橋だ。
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頑丈そうな橋ではあるけど、いろいろ有りました
という顔つきをしておる。
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鉱山の施設なのか、コンクリの施設なのか、そういうのが
有る。中を見たら、ホッパーだった。
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ホッパーの口がある。
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先ほどの水処理までもどって、ちょっと散策。
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現役設備だから、外から少々見れる範囲で。って当たり前やな。
敷地には入っておる。
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本心的にはこの奥地を見たいのだが、目的地への脱線も
いいとこだから、見送り。
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藤の花ロードは、桜できれいだった。
ピークは過ぎているとはいえ、こんなシーズンに来たことは
なかった。
これを、誰も居ない中、独り占めできて有り難い。
とても良い気分になれた。
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空き地があると出張ってくる太陽光発電。
ここにも。一時たくさん有った貯木も無くなっていた。
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ここでっちょっと上からの写真も確認。
赤の矢印の先が、今いる空き地だが、矢印そのものの
真下あたりが、目的地のお菊の墓の有る場所だ。
矢印をかぶせるな、という話やな^^
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国土地理院で見てみる。
2013年(左端ちょっと2017年)
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1974年〜1978年
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脱線しまくりだけど、やっとお菊の墓の入口・・
と思ったけど、もう右に何か見えている。
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どうよ、これ。
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当然入ることはできない。
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しかし、奥へと続いている。
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このすぐ上には、慰霊塔がある。
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裏側には石原産業株式会社 紀州鉱山とあった。
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道中には神社も出てきた。
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とにかく手の入った山である。当たり前か。
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深く水路が切ってある。
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ゴルフ場のような広っぱに出てきた。
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ようやく真面目に看板の場所まで戻って、お墓を目指す。
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これがそれ。え?どれ?
・・やっぱり何か可哀想な気がしてならない。
勝負の前には触れるとよいのだそうな。
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posted by Shimneti at 01:21| Comment(2) | 鉱山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする