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2020年06月24日

鈴鹿峠 土山町山中の埋もれた鳥居

峠の手前、ぎりぎりのところ。
とても背の低い鳥居が見える。
通る時、いつも気になってるけど、車だから
一瞬で通り過ぎてしまう。今回はわざわざこれの
為に来たから、通り過ぎない。
そして、見に来たからと言って何も謎が解決した
わけではない。
由来は何なんだろう。地元の人に聞けば一発
解決だけど、コロナだからそれはしない。と言うより
元々自分はそんなことするタイプじゃない。
謎は謎のままだ。
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歩いてるからゆっくり写真が撮れるけど、車から
でもだいたいこんな感じ見えている。
もうちょっとで鈴鹿峠という、この場所だ。
滋賀に来たころ、よくお世話になっていた山賊茶屋
がすでに廃墟になって久しい。
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もうちょっとで見えてくる。
こんな場所にもコロナは飛んでるのだろうか。
1匹くらい居るのか、それとも全く居ないのか。
歩いてたら暇だから、そんなことを考えている
うちに・・・・・
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到着。背が低いね。
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比較対象が無いからわかりにくいな。
でも、なんだか思ったよりは高い。
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埋もれてるんだな、きっと。
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これはどういう由来の道なんだろう。
東海道、とか、旧1号とか、そんなものには見えぬ。
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文字らしき物が灯籠に書かれている。
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しかしながら馬鹿だから読めない。
燈籠の燈の文字が読めるな。
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明治27年か。
もっと古いことを想像していたから、いや新しいな、
なんて思ってしまった。
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鳥居の裏手に少々の遺構が見える。
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ちょっと上ってみるか。
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いや、なんだか何にも無さそうだし、やっぱりやめた。
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謎は謎のまま。
だれかが解明してくれることだろう。
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posted by Shimneti at 00:16| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月20日

津市 社宮司温泉〜榊原温泉 源泉を求めて散歩

つい最近、友達が教えてくれた。

「あんたんとこの近くに温泉跡あんで。」
「温泉跡?」

いや、正直、あんまりそそられへんな、とは思った。
でもまぁちょっとインターネット博士にでも聞いとくか
と、検索してみたら、これが案外情報が少ない・・・。

ちょっとそそられてきた。まぁだからと言って、
徹底的に調べたりはしないんだけど。
出てくる情報と言ったら、なんとなく中途半端だ。
名前は「社宮司温泉」というらしい。
でもいつ出来て、いつ「跡」となったんだか、さっぱり
わからない。

国土地理院には・・・おっ、ちゃんと温泉マークが
あるじゃない。
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拡大したら消えちゃう。
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空からの写真。
2007年。建物が見える。
けどどれが温泉なのかわからない。
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1979年〜1983年。林だな。
川に何やら堰みたいなのが見える。
2004年の写真が無いのは残念。
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1974年〜1978年。
もちろん林。堰は有る。
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1961年〜1969年。ありゃ?これまた何か有る。
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これはグーグルマップ。
車がいっぱい置いてある。
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今度は「社宮司温泉」で検索してみた。

鳥羽のホテルで数軒、この名前で風呂が有るようだ。
そしてその説明文が、どこもだいたいおんなじことが書いて
ある。その内容がなんだか謎なんだよな。

あるホテルのサイトだと、
「清少納言ゆかりの湯「七栗の湯」で有名な七栗に
源泉をもつ美肌温泉」
七栗に源泉をもつ?  本文では
「当館の「社宮司温泉」は、榊原温泉と安濃川を隔てた
場所に位置する清少納言ゆかりの「七栗の湯」で有名な
「七栗」に源泉を持っています。(・・・まだ続く)」
どういうこと?
「七栗」が源泉、と言うことかね。この「榊原温泉と安濃川を
隔てた場所に位置する」って言うけど、安濃川はかなり
別の場所に有る。間違いじゃないのか?
それと榊原温泉イコール七栗の湯、と思ってるんだけど。
などと考え始めたら、いよいよよくわからなくなってきた。
だから、まぁ要するに行ってみた、と言うこと。で、別に何も
解決していない。
ここ最近ずっと自粛自粛で悶々としとるから、健康の為の
散歩くらい許されるやろ、ということも理由の一つにある。


そんなわけで、くだんの場所。
今回はめずらしく先にインターネット博士に聞いてきて
あるから、実にスムーズに発見。
これが露天風呂跡だな。
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はなっから散歩なので、こんな遠くからでも発見し、望遠。
近くからバシバシ写真撮るのは少々はばかられる程の
田舎だ。
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私有地だろうから入らなかったが、温泉なんだから
ちょっとくらい湯の花の香りでもしないかな、とくんくん
やってると、その思いが伝わってか、一瞬硫黄の臭い
がしたように思った。(たぶん気のせい)
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ふと長野川を見ると、川底がここだけ溶岩が流れ出た
ようになっている。
これだよこれ。きっと温泉だからだよ。
ひとり納得していたが、これ、別に何の裏付けも無いし
ネット特有のガセ、ってやつになっても困るから、
このサイトを読んだから、と言って信用はしないように!
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それにしても、ここだけ溶岩に見えてきた。
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まぁそんなわけで、ここが社宮司温泉で、現在も現役で
温泉を汲み上げてどこかに供給している、とはにわかに
信じ難かったが、まぁこの辺りのどこかにそんな施設が
有るのかは知らない。
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そんなわけで、社宮司温泉をあとにし、次いで榊原温泉は
射山神社まで来た。
実は榊原温泉にはもう何度もお世話になっている。
三重に来てからでも、すぐ近くにもかかわらず宿泊したこと
すらある。

これはいつも撮影するお気に入りの木。(根っこが良い)
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これは長命水「榊の井」だ。説明看板によると、
太宮神鳳抄によるとこの地を榊御厨七栗上村といい
榊の多いことから榊が原とも呼ばれていた。とのこと。
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ちょっと覗き見。
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射山神社の真ん前に長命水が有る、という配置。
これが射山神社。
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境内に入り、左手には芭蕉翁反古塚が有る。
そして宮之湯の文言が。これこれ。

「 宮之湯
延喜式神名帳に一志郡射山
神社なるは 温泉の神 大己貴命
少彦名命 この二神を祭る湯之
大明神なり
湯之大明神の御社射山(貝石山)
にありし時は この温泉その山の
北の麓にあり
御社を今の所に遷すなれば湯も
また御社のほとりに湧きぬ
       (榊原温泉来由記)
 この七くりの湯また榊原温泉
というも 里人たちは宮之湯と
して語り継いできた

       式内 射山神社 」

射山とは貝石山のことだ。
貝石山に近づいたところに榊原温泉の昔の源泉跡
が残っている。
そしてこの貝石山の八合目には御社跡が残っている
し、旧道には一の鳥居跡も有る。


榊原温泉の歴史は古い。いつの湧出かは分かっていない。
伊勢神宮との関係は深い。1500年前には神宮の湯垢離
(ゆごり)に使われ、身を清め、神宮へ向かった。
そして・・・あの清少納言枕草子に登場するのだ。
「湯はななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯」
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近くには湯治湯の東門跡が有る。
江戸時代には藩の管理下で、厳しい身分調べがあり
自由に出入りは出来なかったという。
これは位置を示すものだそうだ。
建てられている腕木戸は当時の図面からの想像で、
復元じゃない、と言うんだからもう、なんだか笑って
しまう。
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2016年にはこう。
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2013年には、若かった。
射山神社でもそうだったが、看板は来るたびに
いくらか更新されている。
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さて、私的には本日のメインイベントである源泉を
歩いて回った。
まずは川を渡る。この橋もなかなかのものだ。
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すぐに源泉2号、と言うのが現れる。
申請者は榊原泉源開発株式会社
榊原温泉(七栗の湯2号)
湧出量 60L/min  ポンプアップだ。
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下からも見てみようと思い、川沿いへ降りた。
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対岸のホテルからの眺めを考慮して整備されている。
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源泉2号がある、ということは1号も、と思って
さらに進むと・・・有った。
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榊原温泉 源泉1号。
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いい感じの橋も有る。
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こちらも榊原泉源開発と書かれている。
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望遠で大変失礼とは思ったけれど、こちらは榊原泉源開発。
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さて、いよいよ湯元に向かおう。
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道中、河鹿荘も眺めて行く。
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いつも書くこのセリフ。
「誰か見てるんじゃないの?」
見られてる感覚。
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登りたくなる衝動。
これもいつも言ってるな。
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これは貝石山。
貝の化石が発見されることから有名になったらしい。
大昔は海だった、と言うことだ。
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湯元跡に到着。
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湯元跡
この泉源は
「神湯」と呼ばれ
江戸時代には
湯治場として
栄えた記録が
古文書に残されている。
又、清少納言が
「枕草子」で
七栗の湯と記
している名泉で
平安時代からの
泉源だったと云われ
榊原温泉
発祥の地として
親しまれてきました。
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近くにはもう一つ国民宿舎 紫峰閣 の跡と言っていいのかな。
そんなのも有る。
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ここ、でも絶対誰か住んでるよね。
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ちなみにこちらは2016年。この時もやっぱり住んでたよね。
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posted by Shimneti at 23:52| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月12日

新型コロナ2

パンデミックが終わっても元の世の中には戻らない
日本人の気質が楽観的にならないのは、それは災害の
多い島国に住んでいるからだ、と言われている。
地震など大きな災害に遭うと、人生観が変わってしまう。
幸い災害に遭わなくても、あ〜良かった、ではなく、明日は
我が身、と思うものだ。
しかしパンデミックはちょっと違う。広範だ。初めっから
みんなの問題だ。
今はパンデミックなのか?という疑問は置いといて、
パンデミックはいずれ終息する。
パンデミックが終わっても元の世の中には戻らない。
それは歴史が物語っている。文明が滅び新たな文明が生ま
れる。パンデミックでみんなの人生観が変わっているのだ。

パンデミックはどうやって終わるのか
パンデミックは70%の人が罹れば終息していくのだそうだ。
なるほど。みんなが一気に罹ると医療崩壊してしまう。
罹る人数のピークを分散させないといけない。しきりに医師達
が言っていることだ。


今をチャンスと捉え、などと言うが、命を落とす人だっている。
難しい問題だ。
自己免疫力を高めておくことが大切だな。
posted by Shimneti at 16:36| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする