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2018年05月13日

甲津畑 向山鉱山跡 発電所跡

悶々とした日々に変わりは無い。遠出はできぬ。
先日ちょっとだけ滋賀に用事が有ってでかけた。
ほんの数分の用事のために。
そして、とんぼ返りで帰って仕事・・・のはずが・・・
もったいないからちょっとだけ。
この「ちょっと」と言うのが重要。
さてそんな場所はあるか?
R307を走りながら思いついた。あるじゃない。
マイホームグラウンド。雨乞に登る途中にちょうど
いいのが。杉峠までなら今から登ってもしれてるな。

15時前から藤切谷に沿って登り始めた。
(今までは奥まで車で行けた林道が規制されていた
のは少し誤算)
雨乞からの下山者だろうか、20人以上はすれ違った。
普通は下りてくる時間だ。
あいさつを交わしながらも「今頃登ってくる変なヤツ」
と言う表情。こちらも「ちゃうちゃう。鉱山跡行くだけや」
と内心つぶやいている。
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向山鉱山はとても古い鉱山だ。おそらく戦国から江戸
にかけての時代にはすでに有った、とされている。
ただし近代、戦前戦後の昭和十年代に活況であったこと
から、いまもその片鱗を見ることができる。
一番大きいのは水力発電が実現していたことである。
道には外灯も点き、町のようだったというが、それを
知る人も今はもう居ないだろう。

アーチ橋さながらの天然アーチが出来ているのには
驚いた。
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もうこの先を曲がったところは塩津々(しおずつ)。発電所の有った
場所である。塩津々は古屋敷とも言われることからきっと屋敷が
並んでいたに違いない。案内看板にもそのようなことが書かれて
いた。
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川に向かっての水路がさっそく見えている。
おそらくは余水だろう。
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反対側を見ると、当然こうである。
ユブラ橋谷出合近辺にある取水口から水路でこの塩津々
の上まで来て、管路で落水させていたはずなので、もっと
探すと管路に纏わる物も出てくるかもしれない。
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この先は、あの人や彼の人ならもっと徹底して探すに
違いない。私レベルでは、もう既に満足である。
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実際どこに発電所があったかは知らない。この辺りだろうか。
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登山道を数百m登ったところ、藤切谷とユブラ橋谷との出合
あたりに取水が見える。
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あの向こうが水路。
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水路はすぐに消えてしまうが、追えばまだ残っている場所
が有るに違いない。
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登山者も取水の写真はよく撮っておられるが、このような
写真を撮ってる人は居ないだろう。取水堰堤。
ちなみに水量をまかなうため、さらに上流のユブラ橋谷
からも水路とトンネルを通してこちらに入れていたらしい。
ユブラ橋谷に堰堤が有るとも思えないが、管路を突き刺し
てあったのかもしれない。
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登山道を少し進むともうズリが見えてくる。
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五坑目を最後に閉山したが、四坑、五坑が昭和十年代のものだ。
ズリの先に四坑が有るが、坑口はもう見えない。
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さらに上に登るといろいろと残っているものに出会える。
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ズリを上から見下ろしている。
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失敗に終わったと言う五坑を探したが、どこかはわから
なかった。おそらく坑口はもう無いのだろう。
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お決まりの暗闇を下山。
あんなにたくさん停まっていた登山者の車群ももう一台も
残っていなかった。
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滋賀に居た頃、開発延長著しかった林道甲津畑線も今は
もう延長していない様子。
一応終点を見て帰った。
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33.jpg
posted by Shimneti at 14:01| Comment(10) | 鉱山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
毎度さん
やっぱり発電所があったのですかーーー!
渓流釣りを紹介するページで一度見たことがあったのですが、そこまでくっきり残っているとは……秋口にでも見に行きます☆

気になるのは昭和10年に再開発させたのは何処の鉱業メーカーなのかサクッと調べておきます☆
またよろしくです!
Posted by F島帰りの発電所視察者 at 2018年05月15日 06:57
おはようございます
ご無沙汰しています

こりゃ行かなきゃ物件じやないですか
こんなの見たらどこまででも上ってっちゃいますよ
早速今週行ってやろうかと思ったら雨でした
残念!
Posted by mt.tell at 2018年05月15日 07:38
おつかれさまです。 福島(でいいのかな?フィロ島じゃ
ないよね)行ってたんスか?

なんかすごいなぁ。 「あの人」と「彼の人」、どんぴしゃ
想定通りの両大御所からコメントもらっちゃいましたよ。

鈴鹿を里山として歩く多くの方々には知られている場所なの
で、変電所跡とか何とか、適当なコメントとともに写真が出て
きますよ。
より徹底した探索は、お委ね申し上げる次第。よろしゅうに。
鉱山の情報調査もね。

ちなみにこの甲津畑の銅山は昭和9年の段階では操業再開の噂
が有って、まだ操業はしていなかった、ということは神楽里村定
事件の陳情書にある文面でわかっているとのことです。
昭和9年に探鉱再開されたのは佐野育造氏です。佐野氏の時代
の昭和14年ごろに発電所が出来たそうです。その後鉱業権は
鐘淵実業に渡っています。鐘淵実業(のちに鐘淵紡績と合併、
鐘淵工業となって、商号変更で鐘淵紡績、鐘紡となった)が
五坑を掘ったそうですが、何も出てこなかったらしいです。
Posted by shimneti at 2018年05月15日 23:54
mt.tellさん、ご無沙汰です。

ね、行かなきゃ物件でしょ?

この先に登るのはtellさんしか居なーい、って思いながら余水吐
を途中まで登ってたんですよ。

ぜひぜひ行っていただき、早めのアップをぜひお願い申し上げる
次第ですよ。
Posted by shimneti at 2018年05月15日 23:55
こんばんは

晴れたんで早速行ってきましたよー
アーチの木の近くって書いてくれてたんで、速攻見つかって速攻登っちゃいましたよ
久しぶりの山歩きだったんで疲れましたわ(笑)
Posted by mt.tell at 2018年05月20日 19:44
mt.tellさん 早え〜。
じゃぁ休んでないで、早く登った上の様子のアップを!^^
結果次第では再訪必要になるんだから。

久しぶりなんで御池と高昌は再訪しようとは思っているん
ですけどね。

じゃぁよろしく!!
Posted by shimneti at 2018年05月20日 20:13
気になって行っちゃいました。
出来立ての足跡はやはりmt.tellさんでしたか。
此処案外濃かったです。
只なんとも痛しかゆしな部分が・・・
今でも堰堤まではなんとか自転車で行けますね。
Posted by おろろN at 2018年05月20日 21:31
こんばんは。
おろろN様もまたおんなじタイミングで行かれたんですね。
おろろN様好みっぽくないかと思いましたが、濃かった、
と言うことはすげぇ気になりますね。やっぱり登るべき
だったんですかね。でも藪きらいだしな。mt.tellさんの
写真で満足するかもしれません。
ちなみに私が行った時、あの三角小屋のところに自転車が
来てましたよ。
Posted by shimneti at 2018年05月20日 23:48
甲津畑とは全く別件ですがうずうずの種を一粒二件。
伊賀市奥馬野の馬野川にて小水力発電所の建設工事が始まっております。
そして過去にも小規模な水力発電所が存在したようで少しは遺構が残っているようです。
今日たまたま通過して発見した次第ですが探索はしてませんので何が出るやら。
尚新発電所の導水路には水路隧道が出来るかも。
Posted by おろろN at 2018年07月23日 22:35
毎度ありがとうございます。たまたま、というか、最近そういう
ことが多いような・・・。今日は7月23日ですけど昨年の今日は
日曜日でして、行ったんですよね。ちょうど一年前。もちろん
古いのを見に行ったんですが、木の板に「馬野川小水力発電を
復活させるプロジェクト」ってのと河川許可標識が有ったので
へぇ〜そんなことするんだ、なんて思ってましたが、着工しま
したか。許可が26年だったので、頓挫してるのかと思ってま
したよ。水路隧道を作っているところを見てみたいものです。
近いからまた行ってみるかな、と思いました。ありがとうござ
います。
Posted by shimneti at 2018年07月24日 00:06
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