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2010年03月30日

未完の列車壕跡 岩脇山

交通の要衝、8号と21号の分かれ目です。
01.JPG

この近くの山を登っていくと、
02.JPG

万里の長柵みたいなのが出てきて、
素晴らしい眺めとなります。
03.JPG

そこからは、この交通の要衝とともに、
鉄道の要衝でもある東海道本線が見えています。
04.JPG

このまま列車が進んでくると、列車が山の中に隠れる
という、列車壕が戦時中、超機密事項で大まじめに
作られようとしていたのです。
平和ぼけした私に戦争について考えさせてくれる遺構
の一つです。
05.JPG

この岩脇山に2本掘られたということです。
この山全部空洞になってもどれくらいの列車が
収納されるのでしょう。
06.JPG

一箇所はここ。
07.JPG

振り返ると東海道本線に貨物が走っていました。
当時は線路がこっちに向かって取り付いていた
のでしょう。
08.JPG

殆ど埋もれている感じです。
2008年2月のことでした。
09.JPG

フェンスの隙間から・・ゴミだらけ。
10.JPG

もう一箇所もすぐそばにあります。
11.JPG

やはり中はゴミだらけ。
12.JPG

さて、その列車壕跡に久しぶりに訪れてみました。
13.JPG

徐々に近づいて行きます。
なんだか以前と違って、穴がくっきりと
見えますね。
14.JPG

右の穴からアプローチ。
15.JPG

素晴らしい!
きれいに整備されていました。
これは右側の坑口。

ちゃんと案内板も出来ていました。
この右側の坑口は130mで貫通
と有りました。
16.JPG

あのゴミの山は何処へ?
地元の方々がきれいに整備をされたのだ
そうです。
大変だったことでしょう。
17.JPG

フェンスの隙間から・・・
18.JPG

ISOガン上げの望遠で・・・
なんと!貫通していたのですね!

知らなかった・・・

反対側も見に行かないとね。
19.JPG

その左には神様が祀ってあります。
20.JPG

21.JPG

そして左側の坑口。
こちらは52m止まりとのこと。
22.JPG

フェンスの隙間から・・・
23.JPG

望遠で。
突き当たりは見えません。
24.JPG

岩脇山山頂もおじゃましてから、
反対側坑口も見に行きました。
25.JPG

こちらは貫通している側の坑口反対側です。
26.JPG

27.JPG

ちょっと埋もれてしまっているのですね。
でも十分斜面を降りていける隙間が有ります。
28.JPG

29.JPG

もう一方の貫通していない52mの方は?
30.JPG

激ヤブの中に有りましたよ。
31.JPG

こちらからも掘られたのですね。
32.JPG

近寄りがたし・・でした。
33.JPG

posted by Shimneti at 04:02| Comment(2) | 鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お〜すごいですね

米原は、敦賀に行く汽車に乗ったような記憶があります。駅そばも薄い記憶です。

ネットで検索したら、地元の方々が大量のゴミを廃棄して整備されたようです。新聞記事http://www.chunichi.co.jp/article/feature/railway/list/200908/CK2009080702000271.html

敗戦近い頃は、艦載機が飛んできて、機銃照射されたことがあちこちであったようで、小学校低学年の頃は攻撃された事務所跡の土を掘ると機銃弾がでてくるので、それを掘っていた友達がいました。

日本本土が米国に攻撃されていたなんて知らない人も増えてきたでしょうね。

そういえば、田舎にmade in occupied Japan (占領下の日本で製造)の皿がありました。 笑
Posted by bandlover at 2010年04月01日 11:24
bandlover様 おはようございます。

米原は駅とその周辺が変化を遂げていますが現在でも中山道、北国街道の分かれ道という雰囲気を持った場所ですね。

そんな交通の要衝だったからこそ戦時中には狙われたのかもしれません。

300tもゴミが有ったとは・・
戦争の痛々しい歴史を本当に封印しようとしたのかもしれないと思いました。
Posted by shimneti at 2010年04月06日 06:56
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